名前と死んだあとの天気について

心にポッカリ空いてしまった穴が
一生埋まらない
それはそれで幸せ ←わかる

おなかいっぱいでも
アイスを食べたいときに
胃にスペースが
できるのみたいに
幸せ ←わかる

以前から私と知り合いだった人が、最近私と知り合った人に「有地さんが」と話題にしたら、「有地さんって誰のこと?」と言われた。と言った。それは、世にも奇妙な物語みたいだな。しかし私はここにいる。
苗字をなくしたら、死後の世界のようである。下の名前で名乗ることにした。特徴的な苗字だったので、みんな、そっちで私を覚えている。下の名前をみんな知らない。透明人間の気持ちだ。
私の下の名前は、音をシャンソン歌手だった母が、漢字を国語辞典編集者だった父が考えた。良い名前だからこれを機に覚えて欲しい。

ここ数ヶ月、ずいぶん、いろんな人に優しくされてきたけど、特に、もし天気の神様がいるならその人はダントツで私びいきだったんじゃないか。どんなひどい気分のときも、絶対に天気はいつも信じられないくらい妙に良かった。風のある日が多く、夏は夏らしく、自転車通勤に飽きる頃タイミング良く雨天が続いてバスに乗ったり、天気が悪い日にうっかり自転車に乗っても帰り道はギリやんでいた。
仕事の合間にちょっと出たときの外気にしても、窓から見える庭の明るさにしても、帰り道の空にしても、実家からの景色にしても、だいたい絶対にハッとするほど新鮮だった。ただ晴れてるわけではなく、いつも雲が、雲に映る陽の光が、つねに移ろっていることに気づかされるような空だった。
ちょっと寝不足の日の外食のような、嬉しいし美味しいけど、せめて今万全の状態だったらな、みたいな、申し訳ない贅沢さがあったけど、食べれるとこだけちょっと食べればいいよと言われて甘やかされているような、そういう幸せがあった。ここが、死後の世界なら、歓迎されている、死後の世界に、と思う。
人に良くしたい、もし死んでいるならなおさら思う。
生きてる間に、私こそが何かできたのによくわかってあげられなかったことについてしつこく考えたい。
なにもいらないから人に良くしたい。


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慈 Itsuki

慈(Itsuki) 貸民家プライベイト管理人